12月6日(土) 2008 J1リーグ戦 第34節
東京V 0 - 2 川崎F (14:33/味スタ/24,620人)
得点者:64' レナチーニョ(川崎F)、89' 中村憲剛(川崎F)
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サポーターの願いは叶わなかった。東京Vは2008シーズン最終戦、J1復帰からわずか1年でのJ2自動降格が決定した。
優勝を争う格上のチームから勝点3を奪うことは至難の業であることはわかっていた。が、伝えておきたいのは、東京Vは退場者を出したこの試合でなす術なく敗れ、J1の舞台から去ったわけではない、ということだ。
確かに、予想通り立ち上がりから積極的に出てきた川崎Fに、開始直後から立て続けにチャンスを作られた。東京Vはそれらを守備陣が身体を張って凌ぎきる。もちろん、そうしたなかの26分の東京V・福西崇史の退場劇は惜しむべきことだ。振り返れば、あのまま11人で戦えていれば、という思いもある。しかし、試合を見ているその時は、むしろ10人になったことで少なくともチームの意思統一が強固になった印象はあった。
まず、川崎FがそのPKのチャンスを生かせなかったこと。これにより、「チームの士気が上がった」と那須大亮は振り返り、ベンチの廣山望も覚悟した失点を回避したことで「『いけるぞ!』という雰囲気になった」と言う。そして、「守ってカウンター」を徹底するという共通意識。システムを引き気味の4−4−1に変更し、これがはまった。川崎Fにスペースを与えず、中盤や最終ラインで挟み込んでボールを奪う。危ない場面もあったが、そこはGK土肥洋一のセーブに助けられ、逆に相手ゴールを脅かすシーンも作りつつ、まずは0−0で前半を終えることに成功した。
後半も守りながらシンプルな攻撃を狙うなか、3点以上が必要な川崎Fのラインが焦れて間延びし始め、攻守の切り替えも遅くなると、10人の東京Vがチャンスを積み重ねた。
51分、大黒がオーバーヘッド、そして飯尾一慶のシュート。55分、平本のドリブル突破から最後は再び飯尾。続く57分の柴崎晃誠の左足シュートも決めることはできなかったが、どれもあと一歩のところ。加えて58分に飯尾に替わって入った廣山が自身の売りである「奪ったあとの飛び出し」を再三見せ好機を演出。その戦いぶりは、東京Vに充分な勝機があるとも思わせた。
ところが64分、東京Vは手痛い失点を喫してしまう。
川崎Fに高い位置で奪われたボールが谷口博之、ジュニーニョと繋がれ、最後はレナチーニョ。いい流れの中での失点。これが最も悔いが残るものだろう。これにより、東京Vは「どうしても点を取りにいかざるをえない状況になった(那須)」。
ベンチには、他会場の残留争いのライバルたちの途中経過が随時伝えられていた。
失点時点で、17位・千葉はFC東京に0−2。このまま終わっても自動降格は回避、引き分けでも残留の可能性も、という状況。
ピッチでは土肥だけがその情報を得ていたが、いずれにしても得点が必要。その東京Vと、2点を追加したい川崎Fで、ここから試合は互いに攻守がめまぐるしく変わる展開に突入する。しかし共に決めきれないまま時間が経過。
その頃、ベンチには千葉がF東京に追いついたという情報が届いたはずだ。2点を追い付いた千葉の勢いは、どれほど指揮官を追い詰めたことだろう。
恐らくその数分後に入った千葉逆転の報を聞き、83分、柱谷監督は船越優蔵をピッチへ送る。言葉は無くともこの交替でピッチの選手達は自分達の置かれた状況を感じ取った。
そこからは全員攻撃の態勢。しかし、幾度か作られる船越のシュートの機会も、土屋の飛び込みも、集中した川崎Fの守備に阻まれ続けた。
けれど1点への執念を貫いたことを考えれば、ロスタイムの中村憲剛の素晴らしいミドルによる2失点目は諦めがつくものだ。
結局、試合は0−2で敗戦。終了後、一斉にベンチへ視線を向け自動降格の事実を確認した選手達は、一様に硬い表情に。ピッチ上で突っ伏し起き上がれなくなった富澤清太郎を始め、殆どの選手が目に涙を浮かべながら現実を受け入れていった。
同じことが起こった2005年のあの日よりも、もっと辛い光景だった。選手は諦めることなくボールを追い、最後まで望みを繋げるパフォーマンスを見せた。だからこそ、降格の二文字は受け入れ難い。今日の試合を見れば、何故「残留」というわずかな目標さえ叶えることができなかったのかと余計に悔しさが募る。
それでも、結果には必ず理由がある。何が足りなかったのか、これからどうしていくのか。
クラブは早急に答えを見つけ出して欲しい。チームを去る福西が話した通り、『ヴェルディはまだある』のだから。
以上
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